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2011年07月31日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
ボスの横山です。
前回、阪神大震災は建築基準法の2倍の揺れだったことと、その揺れでは基準法通りの住宅では守りきれないと書きました。今から15年も前に起きた地震のことをなぜ今更という方もいることでしょう。確かにその後、中越地震・中越沖地震・能登半島地震さらに東日本大震災と大きな地震が来ました。被害の規模を考えると確かに東日本大震災は比べようもなく大きな地震でした。
しかし、こと地震による建物被害を考えると、この15年前に起きた阪神大震災が、もっとも建物に大きな被害を与える地震だったからです。なぜなら、この地震には建物に大きな被害をもたらす周期1秒前後の揺れキラーパルス(参考文献:http://www.asahi.com/science/update/0317/TKY201103170129.html)の存在が最も顕著に表れていたからです。ですから、この阪神大震災に耐えられる耐震設計をしておけば、近年の大地震にはたいてい大丈夫です。
ではそのために何が必要かというと。単純に基準法の2倍の硬さの住宅を作ればいいのですが、これは前に脆性破壊の危険が伴うと書きましたので、もう一つの方法を提案したいです。それは高い変形能力を持たせるということです。いわゆる竹のようなしなやかさです。
それが近ごろ注目されてきている制振の考え方です。建物が破壊されるということは言い換えれば地震のエネルギーが建物の破壊という仕事の形に変わったということです。その地震エネルギーを制振部材を通して消費してあげると住宅の破壊へ向かうエネルギーは減少し倒壊しない家づくりが可能になります。
しかし、私は「やみくもに制振部材を使えば良い」という考え方には危険を感じます。そこにはある程度根拠がほしいのです。多くの制振部材は、使い方を間違わなければ地震のエネルギーを30%ほど減少させてくれます。そこで活きてくるのが耐震設計つまり建物の硬さです。
建築基準法の2倍の揺れを30%(0.3倍)低減すると
2.0×(1-0.3)
=2.0×0.7
=1.4
となり、2倍の揺れは1.4倍の揺れに縮められます。ここで前回の私のブログを思い出してください。住宅の性能評価で耐震等級3は基準法の1.5倍の強度があると書きましたね。つまり、耐震等級3(基準法の1.5倍)の家は、その強度が制振部材で弱められた1.4倍揺れを上回り安全でありあんしんとなります。
もしこれが、制振部材の設置数や設置方法に誤りがあったり、もともとの住宅の強度が建築基準法ぎりぎりの耐震強度の住宅だった場合、強度が1倍なので1.4倍にたいして強度が不足しているので不安をぬぐいさることが出え来ません。ですので、私の提案としては、きちんと構造計算をして耐震等級3の強度を確保してそのうえで制振部材を取り付けることをお勧めします。
それと「いわゆる竹のような柔かさで」で思い出しましたが、制振部材は構造計算という点では余力とという扱いになりますが、余力という意味では下の写真のような竹を壁下地として編み込んで弾性を持たせた土塗り壁も、最後の最後にそのしなやかさや変形能力が建物の倒壊を支えるという点では非常に有効な一つの建築手法だといえます。
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2011年07月07日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
ボスの横山です。
前回、耐震等級3(建築基準法で必要とする耐震強度の1.5倍の強さ)の住まいは大規模地震には安心できないと書きましたね。だとしたら建築基準法通りの強度で建てられた家は大規模地震の前ではどうなってしまうのか心配になってきますね。
今まで起きた大規模地震のすべてが建築基準法で決められている地震の規模以下だったら良いのですが、残念ながら阪神大震災をはじめこのところ起きている地震はその想定をはるかに超えている規模のものが出てきて、建築基準法で求める耐震強度では建物は守り切れないというのが現状です。
具体的に例を挙げると、
阪神大震災・・・880gal(建築基準某の2.2倍)
能登半島地震・・・945gal(建築基準法の2.3倍)
の加速度だったのです。地震力は単純に表すと
地震力=重量×加速度
となり、重量は建物の重量で、加速度は地震加速にいろいろな係数をかけたものです。ここで問題になるが加速度で、構造計算で想定しているのは、地震加速度を400galとしているのに対して2倍以上の地震力働いていますから、高速道路の橋桁が倒れたり、ビルの1層分が押しつぶされたりビル自体が転倒したのです。
また前回で書きましたように、基準法の1.5倍の余裕度では、2.2倍や2.3倍の揺れには不足しているので、もうひと工夫うしてあげる必要があります。
しかし、上のデーターはそれぞれの地震の一番激しく揺れたところでの数値ですので、
そこから数キロ離れるだけでも、
その場所ごとの地盤の固さが違うだけでも
加速度は大きく変わってきます。建築基準法は想定外の地震の場合でも大半のところでは、
地震は地盤を伝わってくるとき加速度も減衰され想定内の400galとなるから大丈夫
ということなのかもしれません。しかし、家を建てる側にとっては一番激しいところの揺れでも壊れない家を建ててほしいと思う方もいらっしゃることでしょう。次回はそういった方のために、どうすばそんな家に近づけられるかを書き込みますね。
2011年07月01日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
ボスの横山です。
前回「私の使命?」について投稿してちょうど1週間後に東日本大震災が発生し、被災された方のことを考えると、筆をとれなくなってしまい今日まで至ってしまいました。しかし、私の地元でも震災以降、無料耐震診断(昭和56年5月31日以前に建築された建物)も耐震補強工事の助成金も受付枠がわずか1日で埋まってしまうほど関心が高まってきていますので、以前耐震補強工事の講習を大阪で聞いてきて
「え!そうだったの?」
と驚かされたことを、みさんもぜひ知っていただけたらと思い書き込むことにしました。
耐震設計に関しては、建築基準法の20条に構造計算について書かれています。その中で、
中規模の地震(地震加速度100gal震度5弱)の時に建物が損傷しない構造的な硬さを求め
大規模な地震(地震加速度400gal震度6強以上)の時に倒壊しない構造的な柔軟性が求められます。
言いかえれば大規模な地震の時は、建物は壊れることは仕方がないとし、その壊れる過程で地震エネルギーが減衰され、結果建物が倒壊しないで残るということが求められています。
理想は壊れない建物ですが、これもまた善し悪しで
柔らかい鉄の棒と、はがねのような硬い鉄の棒をイメージしてください。柔らかい鉄の棒は曲がりこそすれ、めったに折れませんが、硬い鉄の棒は時として突然ぽっきり折れてしまことがあります。
このように限界を超えた時、突然に壊れることを建物では脆性破壊(ぜいせいはかい)が起きたと言います。このような破壊が起きると内部にいる人が逃げる間のなく突然に倒壊するので非常に危険です。例えば、9.11の同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービルやニュージーランド地震のクライストチャーチで起きた建物の倒壊がまさにこの脆性破壊といえるでしょう。建物が突然崩壊する怖さは、この2つの例を上げるだけで十分でしょう、だからこそ壊れながらも地震力を受け流す柔軟性が建物には求められるのです。
耐震設計では大規模地震の時は建物が壊れます。大事なのは壊れ方のバランスで、壊れ過ぎたら建物はそのまま倒壊してしまい。壊れ方が想定内であれば建物は残ることになります。
では、残る可能性をどうやったら大きくすることが出来るのでしょうか?
そこで、注目してもらいたいのが、住宅の性能表示です。性能表示には地震の安全性を耐震等級で表します。それは地震時の倒壊のし難さに対する、余裕度を表しています。
「0」の余裕度 ・・・耐震等級1
25%の余裕度 ・・・耐震等級2
50%の余裕度 ・・・耐震等級3
と表します。そして、できれば耐震等級3の耐震設計を目指していきたいです。ただ、鉄筋コンクリート造の大規模な共同住宅のような場合は、建物の重量が重すぎて、残念ながら耐震等級3の住宅はまず望めません。その理由は、建物に働く地震力はその建物の重量に比例して大きくなります。コンクリートは木の5倍近くの重量があるため、計算した建物に働く地震力も5倍近くになり、とても50%の余裕度は持たせられないのです。
ですから、200年住宅の呼びかけのもと始まった長期優良住宅の認定基準も
劣化対策等級3(最高等級)
維持管理対策等級3(最高等級)
温熱環境対策等級4(最高等級)
とそれぞれの求められる性能値が最高等級なのに耐震等級だけが1ランク下の
耐震等級2(最高等級は3)
になってしまうのです。今の建築技術とコストのバランスを考えると致し方無いところなのかもしれません。
一方、木造の一般住宅の場合は等級3を確保することは、技術的にもコストの面でも決して不可能ではありません。私が設計をを手掛けた住宅でも耐震等級3の性能評価を取得した建物が何件かあります。
しかしながら、この耐震等級3の住宅ならば、大規模地震に絶対に安全といえるのでしょうか?そう問われると実は
「否」
となります。ここからが耐震設計の講習で分かってきたことなのです。
ちょっと気になる内容かもしれませんが。今までも少し話が長くなってしまいましたので、ここらで一休みしてこの続きは次回に投稿しますね。
2011年03月04日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
ボスの横山です。
以前、私には自分なりに「私はこういった使命を持って生まれてきた」と思うものがあると言いました。今日はそれについて書こうと思います。
私は3歳の時、母親の後追いをして国道を渡ろうとしてオートバイに轢かれ頭蓋骨骨折という生死にかかわる怪我をしました。まさに崖っぷちで生る方に転んだようです。
その時以来、高速道路でタイヤがスリップしてガードレールに突っ込んも無傷。現場監督の修業中、4階の足場から墜落した時も2階の部分にステージ足場が組んであり、1メートルほどの間隔で積み上げられていた合板の間にすっぽりはまるように落下して怪我ひとつせず、今から考えるととっくにこの世に居なくてもおかしくない状況で生きてこれたことが最低7回はあります。そう考えると生きているのではなく、生かしてもらっている気がします。
良く言えば、そうですが悪く言えばそそっかしくて、そのたびに心配させられる家族はたまったものでは無いですね。ですから1級建築士の資格取得のために通っている学校が終わって帰宅の連絡を入れるたびに「急いで帰ってこなくていいからね」と大学生の娘に諭されます。
そういう多くの事故に遭っても生き残っているので、私は何か使命を背負わされて生かされているという確信をもつようになります。
私は9月1日関東大震災の発生した防災の日が誕生日で、私の父は私から見て素晴らしい経営者ですが今まで10業種以上仕事を変えてきました。しかし、今の工務店の仕事が一番長く続き、私が一番多感な時期に父の後姿を見てこの会社をを継ごうと思ったところに私の使命があると確信しています。
そして平成7年、あの忌まわしい阪神大震災が発生しました。私が初めて世の中に出て仕事をし始めたのが大阪で、大震災発生のちょうど1週間前に当時お世話になった上司と家族を連れて大阪でお会いしていたぐらい深い関わりがあるその地の被害のあまりの甚大さにショックを受けました。
そんな中、目に飛び込んできたのが確か文芸春秋という雑誌に載っていた記事だったと思います、阪神大震災で被災され、ご家族を目の前でなくされた方が言っておられた「建築会社の方は、あなた方が造った建物が私の家族の命を奪った凶器になったということを忘れないでほしい」という一言でした。
そして、今ままで、太い材料を使うことで、地震に強い家を作ってきたと信じてきた私ですが、本当に自分たちが手掛けている住宅は大丈夫なのだろうかと、ふと疑問に感じてしまったのです。そこからは何としても自分たちが建てている住宅が安心なのだという確証が欲しいと思うようになったのです。しかしその手立てが見つからず、どうしたらいいかわからない日々が過ぎていきました。
そうこうしているときに出会ったのが健康100年住宅協会の前身の住宅研究会でした。その住宅研究会で、構造計算についての勉強会を1年間かけて毎月1回づつ行うという知らせが届き何としても参加したと思いました。
当時、講師だったハウス企画の斎藤先生(私にとっては恩師です)に初めてお会いし、「今の私たちが手掛ける住宅を阪神の震災にも耐えられるような住宅だと実証する手立てはないでしょうか?」という質問をすると、「三恵住宅さんは、柱が15㎝角以上で、梁の断面積が300cm2以上有るからきちんと構造計算する手立てがある」と教えていただきました。この材木の太さは、父が今までの経験と勘でこだわってきた太さだったのですが。このこだわりひとつとっても決して偶然とは思えないのです。
それ以来、「阪神大震災のような大きな地震に遭遇しても、びくともしない家を提供していく事」が私の使命となったのです。
かっこ良い家・住みやすい間取り・将来のライフスタイルにに備えた設計(スケルトン・インフィル)・自然素材でできた健康的な住宅・夏涼しく冬温かい快適な住まい、それらも決しておろそかにしてはならない大きな課題であることには間違いないです。しかし、それは災害時に家がしっかり建っているという大前提があってこそだと私は思います。
今のわたしたちは、独自の地震に強い壁を斎藤先生と共に開発、実物大強度試験で私たちが求める強度を出すことにも成功し、技術的にそれが可能なところまで来ています。しかし、その住宅の普及という点ではまだまだ使命を果たせていません。だからこそ今も私は生かされているのでしょう。
今回は私の使命について書かせていただきました。このところ性能評価のお話をすると、「地震に強い家だといっても実際起きてみないと分からないだろ?」とよく云われます。確かに今までそれに明確に答えられない自分がいました。しかし、それは、私たち建築に携わる者が或る事実を伏せられたまま今日まで来てしまったからです。だから、実際に来てみなければ分からないということになってしまうのです。
しかし、これについては、明確に答えられる情報を、先日大阪で受けた耐震診断と補強方法の講習会で聞くことが出来ました。そのことを次回にお話をさせていただきますね。
2011年02月04日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
ボスの横山です。
昨日は2月3日、節分でした。。そして、その節分の日に人生に役立つ仏の教えで今まで腑に落ちなかった事柄が少し分かったたような気がしたので、そのことを書きますね。
私たちの会社は、経営の神様と称される松下幸之助翁の語録をまとめた「指導者の三六五日」という本をを題材に毎日1分間スピーチを持ち回りでやっています。
節分という日に題材となったのが、「ふくは~うち、おには~そと」でした。
「災いは千里の内より攻め来る、幸せは万里の外より招き寄せ」
という教えが仏教にあるという題材をテーマにしたスピーチでした。でも、なかなかしっくりとお腹に収まりません。
自分の周り千里が災いで、その10倍の外の幸せをどうやって招き寄せるのか?皆目見当もつかめません。
「そんな万里の外から招き寄せていては間に合わない」
そんな気がしませんか?
ただ、その教えでは、もし幸せを招き寄せることができたら、
その幸せは万里の距離を、そして千里の災いをも一気に超えて目の前にやってくる
そうです、とても信じられないですよね。
でも、今日ふと気づいたのです。今日の節分の日に私は1級建築士の試験のため学校に行ってきました。できの悪い私は、週に3回
火曜日に復習講義を夕方6時~夜の10時ごろまで、
休暇の水曜日を昼12時30分~夕方の6時まで、
そして再度復讐のための補講を木曜日の夕方6時~10時まで
学校に通っていますが、それでも落ちこぼれです。復習が手いっぱいで新しい講義のための予習や宿題が出来ていない時は、そこから逃げ出して講義を休んでその間に自主学習しようかと思います。
しかし、そのことこそが、「災いは千里の内より攻め来る」災いなのだと気付いたのです。「自主学習」というと良い響きですね、しかしこれは自分から逃げているだけです。都合のいい言い訳をしているにすぎません。
そう考えると、何と人をうまくだまし誘惑する災いなのか自分自身の老獪さにびっくりしました。災いは千里の内どころか、自分の内にもあったのです、怖い話ですね
そして、私が下した決断は、
宿題が出来ていなくても、恥をかいてでも講義にでる
ということでした。それが合ってるのか間違っているのか、それこそわれのみぞ知るところなのでしょう。
でも決めた限りはこれを貫き通そうと思います。そしてこの決めたことをやり続けることが万里の外より幸いを招き寄せることだと信じようと思います。
そして、幸せはすべてを超えて一瞬にしてやってくるという意味がやっと分ったのです。もし、1級建築士試験に合格できたら、一瞬にして幸せになれますね。つまり万里を超えて、千里の災いを超えて一気に目の前にやってきたということですよね。
まさに、
「災いは千里の内より攻め来る、幸せは万里の外より招き寄せ」
そう思うと良い教えですね。
2011年01月17日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
このところ立て続けてブログを更新しています。
今回は非常にうれしいことがありましたので書き込みをしました。それは、今わたくしたちが取り組んでいる、土塗り壁でなおかつ内部・外部ともに柱を現した本格木造住宅で、住宅の性能表示の中の、断熱性能(省エネルギー対策等級が最高等級4)の性能評価を受けた愛知県清須市のY様に、年始のご挨拶に伺ったおり、「本当にあったかい家にしてもらって本当にうれしい、今も暖房器具は付けていないほどあったかいよ(お伺いしたのは1月14日17時ごろ)」と言っていただけたことが本当に嬉しかったからです。
なぜなら、ここは80坪以上の大きなお住まいなので、数値上の性能が実際には効果があるか心配だったからです。でも今回 のことで私たちの取り組んでいる家造りに自信が持てました。
2011年01月13日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
私が、阪神の大震災以来、写真のような

本格在来木造住宅を震災に負けない強いものにしたいと、健康100年住宅協会の前身の構造に関する勉強会が、長野で開かれそこに参加し、1年間通い木構造の強度の勉強をしたのが10年前。
そのとき初めてお会いした中に後藤工務店の棟梁(社長さんですが根っからの腕のいい大工さんでもあるので敬意をこめて棟梁と呼ばせてもらいます、)後藤さんと初めてお会いし、10年来のおつきあいが続いています。

後藤工務店の社長後藤さん(現在健康100年住宅協会会長)
早くから若手を育てて、何人もの腕のいい大工を世に送り出されています。後藤さんから聞いた人を育てるときの心構えとして「おやかたはおやのかたがわりわりができる人が本当の親方だとおやじにおしえられた、今はその教えをきちんと受け継いで若い衆を育てている」と後藤さんから聞いた時には体に電流が走るような衝撃を受けた思い出があります。これこそが人材育成の真髄なのですね。
そんな後藤さんと、壁下地に竹の小舞(竹を井桁状に縦横に組んで地震に対し弾力性を持たせる手法下の写真)の土塗り壁住宅を関東に復活させ広めていきたいですねということで意気投合し一緒に手掛けていくことになりました。

そのスペックとして、耐震等級が最高等級の3(数百年に一度ぐらいの確率で起きる巨大な地震のさらに1.5倍の揺れに対してもびくともしない強度)、断熱性能も性能評価の最高等級4(次世代省エネルギー基準をらくらくクリアーし夏涼しく冬暖房知らずの温かさ)、そして取りも直さず壁の内部まで土塗りという自然素材にこだわった健康住宅を、後藤工務店さんの提案力と施工の技術力(この点に関しては、後藤工務店さんのHPを見て実感して下さい、後藤さんの偽りのないあったかさが伝わってきます)で家造りの夢を現実のものにしていきます。楽しみにしていてくださいね。
2011年01月10日
カテゴリ:ボスの部屋
横山宏章
前回の書き込みから5か月が過ぎようとしています。ホームページもリニューアルしたにもかかわらずブログが変わっていないのは困ったものです、本当に申し訳ありません。
年末年始休暇もほとんど休みなく動き回っていましたが3棟分の性能表示と長期優良住宅の認定申請が完了し、2件は認定がされ補助金の予約も降りてきて、1件は認定待ちで、少し時間が出来ましたので、書き込みをします。
いつも楽しみに見ていた「龍馬伝」も竜馬が暗殺されてしまい番組が終わってしまい、楽しみが一つなくなって残念です。年末の「坂の上の雲」も今年の暮れまでお預けで早く次の話を見たいのですが、すでに50歳を迎えたたわしにとってそんなに早く時間が過ぎてしまうのも困りもので、少し焦燥感を感じます。
話は変わりますが、今年の抱負は1級建築士の資格試験に合格することです。もともと大学で法律を専攻した私が建築士の資格を取得するのには7年間の設計に関わる実務経験が必要です。45歳にして一念発起し2級建築士の資格に挑戦し2度目に合格し、今年で4年間の実務経験が積めたので、1級建築士を目指すことにしました。
40歳以上で合格する割合は、学科試験は全受験者数鵜の15.1%、製図は学科の合格者の中の11.6%となり全受験者数のわずか1.75%が去年の結果だそうです。これを知って俄然やる気が出てきました。もしその中に私も入れたとしたら、人生の一つの頑張りどきを乗り越えたと自分を褒められる気がしたからです。自分を褒められる人は他人を認め褒められる聞いたことがあります。
私は三恵住宅という会社の経営に携わっていますので、社員を心から認め褒められるためにもまず自分を心から褒められる1級建築士の資格に合格したいと思っています。そして今日から朝早く起きて1時間勉強することにしました。今日は実行できたので3日坊主で終わらないように継続していきますね。また結果については時期がきて合格できましたらこの場を借りて発表しますね。
それでは今年も皆様には良い1年でありますようにと祈念して失礼します。
2010年11月16日
カテゴリ:武藤康浩
武藤康浩
今週の日、月曜日と会社の旅行で奈良と滋賀県にいきました。
そこで人生初のピータンを食べて、好き嫌いが分かれる食べ物だと聞いていたのですが自分はピータンはダメだという事がわかりました。
東京都首都圏エリアで城南エリア、神奈川県エリアは横浜市エリアに付いては施工対応いたします。
[愛知県]一宮市、江南市、犬山市、岩倉市、小牧市、春日井市、丹羽郡扶桑町、丹羽郡大口町、豊山市、愛西市、海部郡大治町、海部郡蟹江町、海部郡七宝町、海部郡甚目寺町、海部郡美和町、安城市、稲沢市、大府市、岡崎市、尾張旭市、刈谷市、北名古屋市、清州市、瀬戸氏、高浜市、知立市、知多市、津島市、東海市、豊田市、名古屋市、西尾市、日進市、半田市、弥冨市、西春日井郡豊山町、西春日井郡春日町
[岐阜県]岐阜市、各務原市、関市、美濃市、美濃加茂市、山県市、可児市、羽島市、大垣市、恵那市、海津市、郡上市、下呂市、多治見市、土岐市、中津川市、瑞浪市、瑞穂市、本巣市、揖斐郡揖斐川町、加茂郡川辺町、加茂郡坂祝町、加茂郡白川町、加茂郡富加町、加茂郡白川村、加茂郡七宗町、加茂郡八百津町、養老郡養老町
[三重県]桑名市、いなべ市、菰野市、木曽岬町、朝日町、川越町、四日市市、津市
[東京都内近郊]目黒区 世田谷区 渋谷区 市区町他
[神奈川県]横浜市近郊でも対応いたします。