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私たちが目指しているのは「二百年生きる木の住まい」です。
二百年後、三百年後にも色褪せることなく安心して暮らすことができる家を提供したい。家を長持ちさせるために、耐震性、耐風性、耐久性にとことんこだわりました。そして、私たちの住む日本の住宅の中で長きに渡り継承されている木造軸組み工法に辿り着きました。木造の家は、地震をはじめとする自然災害に弱いと言われていますが、決してそうではありません。
例えば奈良県にある世界遺産の法隆寺金堂・五重塔は1300年以上もの長い歴史のなかで、いくつもの地震や風雪にも耐え、今も変わらず荘厳で美しい姿をとどめています。この例一つとってみても木造建築の耐震性、耐久性が驚くほど高いことがわかります。法隆寺に限らずわが国には長い建築年数を誇りながら、今も「現役」で活躍している木造建築が数多くあります。これらの事実から、日本の気候風土には木造の家が一番良いと考え、木造建築の可能性を信じているからこそ木造在来軸組工法にこだわり、日本古来の住まい造りの伝統をこの先も絶えることなく受け継いでいきたいと思います。
「二百年生きる家」を建てるということは、あなたのお子さんやお孫さん、曾孫さんまでもが、あなたの建てた家で幸せに暮らせるようになるということなのです。あなたの建てた家で、子や孫たちがいつまでも幸せな暮らしを送っている。なんと喜ばしく、幸せなことでしょうか。また長く住める家があることでお子さんやお孫さんは、家を建て替える費用を節約でき、そのぶんを旅行に使ったり、習い事をしたりして、豊かな生活を楽しむことができるようになるでしょう。二百年生きる家を建てることは、ご自分の家族や財産を守るだけではなく、子孫へ「生活のゆとり」をプレゼントすることにもつながるのです。
上棟式では、家の背骨と言われる太い地棟に「奉納 天照大神 祝上棟 平成○年○月○日 施主△△ □□」と墨書きをします。家族に見守られる中で、ひと筆ひと筆文字を入れていく作業は家の歴史の1ページを飾る記念の瞬間です。いつの日か、この家が天寿を全うし、解体されることになった時、この地棟を見て初めて自分のなんという祖先がこの家を建てたという事がわかるのです。なんとも壮大な話のようですが、こうしたことも日本人が古くから行ってきたこと。この地棟を見た未来の家族に、先人たちの家に対する熱い思いが伝わるように、未来へのメッセージを託します。家を建てるという行為を神聖なものとして、儀式を大切にしてきた日本の文化を絶やさないことも家造りを生業としている者の使命であると私たちは考えます。

「日本書紀」には≪宮殿建築には檜を使い、船には杉と楠を使い、槙は棺にせよ≫と書かれています。この時代から日本人は木の特性を熟知していたのです。土台、通し柱、梁、タルキ……木の家の仕組みは長い間日本の気候風土に培われたかけがえのない技の結晶です。日本の大工は木に関する名科学者だったのです。伝統の技と意匠を継承する三恵住宅の家には、そこかしこに日本の大工の職人技が活かされています。
また、協力業者さんは「仕事に厳しい」「腕がよい」専門の方と契約を結び、一緒に良い家を造りあげています。納得のいく業者さんに出会うまで長い年月を要しましたが、現在お願いしている業者さんは、私たち三恵住宅の木造建築への思いに理解を示しながら、すばらしい仕事をしてくれます。業者さん、職人さんは当社にとって大きな財産です。自信をもって「二百年生きる家」をご提供できるのは本当に信頼できるパートナーがいればこそなのです。

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